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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)19号 判決

原告 高橋政見

被告 東京都選挙管理委員会

補助参加人 藤島ナツ子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十年四月三十日執行された東京都世田谷区議会議員選挙における当選の効力に関する原告の訴願につき、同年八月十二日被告委員会のなした裁決を取り消す。右選挙における当選人藤島ナツ子の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告請求の原因

一、原告は、昭和三十年四月三十日執行の東京都世田谷区議会議員選挙に立候補したものであるが、右選挙において世田谷区選挙管理委員会は、最下位当選者藤島ナツ子外四十四名の当選を決定し、同年五月一日その旨告示した。右藤島の得票数は一、三四一票で、原告のそれは一、三四〇・〇二八票と計算され首位落選者となつた。原告は同月七日同委員会の投票の効力並にその帰属の判定に誤謬のあることを理由として、当選人藤島ナツ子の当選が無効である旨異議の申立をしたところ、同委員会は同年六月二日異議棄却の決定をしたので、原告はこれを不服とし、同月二十一日被告委員会に訴願を提起した。被告委員会は審理の結果、同年八月十二日原告の訴願を棄却する旨裁決し、即日その裁決書を原告に送達したのであるが、右裁決において、世田谷区第一開票所における無効投票中原告が自己の有効得票であると主張する「高橋〈政見〉」と記載された一票の右「政見」に付せられた「○」は「候補者の職業身分敬称等法律上許される記載ではなく、投票に個性の付着することを防止し、もつて秘密投票の趣旨を担保しようとする法の趣旨に反する記載であることは明かであるとの理由の下に、右の投票を無効とし、結局原告の得票数は世田谷区選挙管理委員会決定のとおりであつて、訴願の審理によつても異動を生じないもの」と認定した。

二、然しながら、被告委員会が前記「高橋〈政見〉」と記載された投票を無効と判定したことは明かに不当である。即ち右「政見」の名を囲む「○」は単に投票者が不用意に付したものにすぎず、自己の投票を他人に知らせる為め、故意に記載した符号と見るべきでないことは当然であるが、強いて想像するに、本件選挙において高橋姓の候補者が原告の外に三名(高橋利男、高橋重信、高橋千代)もあつた関係上、投票者においてその投票が原告高橋政見に対するもので他の高橋姓の候補者に対するものでないことを明確にすべく、しかもその他に何等の意図なくしてかく記載したものと考えられるので、これを以て故意に他事を記入した無効投票であると見るのは当らない。

三、被告委員会によつて無効と判定された右の一票を原告の有効得票に加算するときは、原告の得票数は一、三四一・〇二八票となり最下位当選人藤島ナツ子の得票数一、三四一票を超える結果となるので、選挙会においては正しく原告を当選人とすべきであるに拘らず、却つて原告を落選者とし右藤島を当選人と決定したのであるから、明かに違法であつて、その決定を支持した被告委員会の裁決も失当である。

よつて右裁決を取り消し、藤島ナツ子の当選を無効とする旨の判決を求める。

被告の答弁

原告主張一の事実並に本件選挙において高橋姓を名乗る候補者が原告以外に原告主張の三名があつたことは何れも認めるが、原告の主張する「高橋〈政見〉」の一票を有効投票なりとする点は否認する。右の投票に付せられた「○」の符号は、運筆の余勢によつて不用意に書かれたものとは見受けられず、裁決説示の理由により候補者の氏名の外他事を記載したものといわざるを得ないから、右投票は無効とする外はない。故に原告の本訴請求は失当として棄却さるべきである。

(立証省略)

理由

本件東京都世田谷区議会議員選挙の執行より、本訴提起に至るまでの一切の経過及び右選挙において高橋姓の候補者が原告以外にも三名存したことは、凡て当事者間に争がないので、以下係争の「高橋〈政見〉」なる投票の効力につき審按する。

検証の結果によれば、右投票の候補者氏名欄には、鉛筆を以て、正確に高橋政見と記載してあるところ、その「政見」の二字を包んで、やはり鉛筆でやゝ楕円形をなし、且つ凸凹のない○状の円圏が施されてあること及び右円圏は「見」の字の下部において氏名とは明かに別個に運筆され、「政見」の二字を囲んで「見」の下辺に到つて終つており、その濃淡の度合氏名の記載と同一であることが認められる故、右円圏の地位、形状及び筆勢等より見れば、投票者が候補者の氏名を書いた運筆の余勢にかられて不用意に生ぜしめたものとは到底見ることができない。而して原告の外にも同姓の候補者が三名(高橋利男、高橋重信、高橋千代)あつたにせよ、その名において原告政見と紛らわしいものはなく、従つて「高橋政見」と書きさえすれば、それだけで原告に対する投票であることが一見明瞭であつて、何等他票と混同される恐れはなかつた筈であるから、前叙の如く投票者が明かに「高橋政見」と候補者の氏名を記載しながら、その「政見」の周囲にことさら円圏を付したのは、単に原告に対し投票する意思を明確にするだけで、他意あるものでないとの原告の主張には合理的の根拠なく、首肯し難い。然るところ右「○」の記載が候補者の職業、身分、敬称の類に該らないことは勿論であるから、結局このような投票は投票秘密制の本旨に反し、候補者の氏名の外、有意に他事を記載したものと見て無効とせざるを得ないのである。

然りとすれば、係争の一票を原告の有効得票に算入すべきでないとし、その得票数を超える藤島ナツ子を当選人と決定した世田谷区選挙管理委員会の決定は正当であつて、これを維持して原告の訴願を棄却した被告委員会の裁決には何等違法の点はない。

よつて原告の請求を失当と認めて棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)

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